(おまけエッセイ)あるドイツ軍人

 フランスの作家カミュが「異邦人」を執筆したのは第二次大戦中だった。そし
て、カミュのいたアルジェリアはドイツ軍に占領されていた。おそらくフランス
本国もドイツにすでに占領され、親ナチス政権が誕生していただろう。
 さて、アルジェリアで彼の小説が出版されることになったとき、当然のことな
がらドイツ軍の検閲がある。
 このとき、軍の検閲官はこれは傑作だ、出版するべきだ、と即座に判断したと
いう。以上はラジオで聞いた。
 ヨーロッパの知的水準の高さにあらためて驚く。
 戦争まっただ中、しかも作者は降伏した敵国の国民である。ヒトラーを礼賛する
わけでもなく、ドイツ軍を正義と見なしているわけでもない。
 小説は平凡な市民が母親の死を経験し、その後殺人事件を起こし死刑判決を受け
るという内容だ。これがもし中国を侵略していたときの日本軍であったならば、ど
のような判断をしていただろうか。
 中国人のヤツがよくわからない不道徳なものを書きやがって、と言って即刻却下
したと推測する。残念ながら当時の日本軍には文学作品を読みこなせる軍人はいな
かったろう。
 ドイツ軍に占領されていたとはいえ、カミュの小説を称賛し出版を承認した軍人
は、日本で言えば芥川賞の選考委員にも匹敵するだろう。
 できることなら自衛隊員の中から文学賞を受賞できる作品を書ける隊員が出て来
れば、と期待する。
 私がかつて勤務していたある省では、小説を職員から公募していた。しかしある
とき選者が、残念ながら選考に値する作品がないので今回かぎりで選者を辞退する、
と述べて終了になった。
 職場や業務を批判するばかりが文学ではない。同時に現状肯定もまた文学ではあ
るまい。何の問題もないような日常の中から問題点をつかみ出して来ることこそ使
命だ。
 「異邦人」がドイツ軍によって握りつぶされたとしても戦後、本国フランスで出版
され話題作となったものと想われる。
 しかし、作品というものはその出版時期というものの影響が大きい。戦中にあって
も出版されたことは、カミュが四〇代でノーベル賞を受賞したことに寄与しているの
ではないか。
 出版を許可したドイツ軍人の氏名は不明だ。作家カミュの誕生に大きな貢献をした
この無名軍人を讃えたい。

2023/09/19

 今年は夏祭が開かれた町内会も多かったのではないで ...>>続きを読む



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